MAKEVILLAGE
なぜ、いま村なのか
MakeVillageを始めることの意義について
いま、先の見えなさを感じない人のほうが、少ないと思います。
物価は上がり、仕事のかたちは変わり続け、AIの登場で「自分の仕事はこの先どうなるのか」と考えない日はありません。家族のかたちも変わり、ひとりで暮らす人が増えました。そんな中で、「自分には何もない」「ここにいていいのだろうか」という感覚だけが、静かに積もっていきます。
MakeVillageは、この感覚への答えとして設計されました。ただし、その答えは新しい発明ではありません。歴史を振り返ると、普通の人々は、いつの時代も同じやり方で生き延びてきたからです。
一
名前の残らない人たちが、続けてきたこと
有名になること。資格を取ること。会社で出世すること。売れること。——それが「力をつける」ことのすべてのようになったのは、実はごく最近のことです。それよりはるかに長いあいだ、人々の力のつけ方は、別のかたちをしていました。少しの収入を足すこと。手を貸し合うこと。そして、続いてきたものを受け継ぐこと。
日本の村には「結(ゆい)」がありました。田植えや屋根の葺き替えのような、一人ではできない仕事を、労働を貸し借りして順番に仕上げていく仕組みです。白川郷の合掌造りの大屋根は、いまも結によって葺き替えられています。「講(こう)」もありました。頼母子講や無尽と呼ばれる、仲間でお金を出し合い、必要な人から順に使っていく仕組みです。銀行のない時代、庶民の暮らしはこの小さな協同が支えていました。農家は農閑期に内職や藁仕事で収入の道をもう一本足し、冬を越しました。
江戸の終わりには、二宮尊徳が、生活に困った仲間に低い利子や無利子でお金を融通し合う「五常講」を広めました。千葉の大原幽学が農家とともに始めた「先祖株組合」は、世界で最初期の農業協同組合とも言われます。ほぼ同じ頃、遠く離れたイングランドの織物の町ロッチデールでは、28人の職人がなけなしのお金を出し合って小さな店を開き、これが世界の協同組合運動の出発点になりました。スペインのバスク地方では、戦後、一人の神父と数人の若者が始めた小さな工場が、いまでは数万人が働く協同組合の集まりに育っています。
日本では明治33年に産業組合法が生まれ、農協や信用金庫の源流になりました。そして2022年、働く人自身が出資し、話し合い、自分たちの事業を運営するための法律——労働者協同組合法が施行されました。MakeVillageが器として選んだのは、この一番新しい法律です。国連は2025年を国際協同組合年と定めました。世界がもう一度、この古いやり方を見直し始めています。
ここに挙げた話に、英雄はほとんど出てきません。結で屋根を葺いた人も、講にお金を出した人も、大半が名前を残さずに生きて、死にました。有名にならず、資格もなく、売れもしなかった。それでも彼らは、小さな協同によって確かに生き延び、暮らしと知恵を次の世代に手渡したのです。
二
この系譜に共通する、三つのこと
この長い系譜を眺めると、共通していることが三つあります。
一つ。小さく稼ぐ。彼らは「一人で大きく稼ぐ」ことを目指しませんでした。みんなで少しずつ稼ぎ、少しずつ出し合い、収入の道を一本増やすことで、暮らしを守りました。大きな成功ではなく、失われない土台。それが協同の経済です。
二つ。受け継ぐ。田んぼも、技も、店も、知恵も、誰かが誰かから引き継ぐことで続いてきました。続いてきたものには、続くだけの理由があります。そして受け継ぎは、いつも一方通行ではありませんでした。受け継いだ人が自分のやり方を加えるから、次の代まで続いたのです。
三つ。交わる。結も講も、気の合う友だち同士の集まりではありません。同じ村に暮らす、歳も性格も考え方も違う人たちが、必要に迫られて一緒に働く場でした。そこには当然、摩擦がありました。それでも——いや、だからこそ、人は他人から学び、自分を変え、自分の役割を見つけていきました。
三
だから、ここにいていい
この歴史から、MakeVillageは一つの確信を受け取っています。
「自分には何もない」という感覚は、いつの時代も、出発点にすぎなかった、ということです。
結に加わった人が、最初から屋根を葺けたわけではありません。講に入った人が、最初から信用されていたわけでもありません。加わって、手を動かして、続けるうちに、役割が後からついてきた。順番は、いつもそうでした。先に価値を証明した人だけが参加を許されるのではなく、参加するから、価値が生まれる。
だからこれは、慰めとしてではなく、歴史が示してきた事実として書きます。
生きていていい。
やれることは、ある。
それを確かめられる場所のことを、人はいつの時代も「村」と呼んできました。MakeVillageという名前は、そこから来ています。
四
摩擦について、正直に
一つ、正直に書いておきたいことがあります。
MakeVillageは「押しつけない」を大切にしています。MakeVillage Mapに載る場所の条件も、勧誘しない・押しつけないこと。これは変わりません。けれど、押しつけないことと、ぶつからないことは、違います。
一緒に働けば、自分と違う人に出会います。歳の離れた人、育ちの違う人、考え方の合わない人。意見が食い違い、やり方がかみ合わず、ときにいらだつこともあるでしょう。この摩擦を、MakeVillageは避けるべきものだと考えていません。むしろ、火はそこからしか起きないと考えています。木と木をこすり合わせるように、人は自分と違うものに触れたときにだけ、自分の輪郭を知り、自分に火がつくからです。
同じ場所で、同じ人たちとだけつながっていると、見える選択肢は変わりません。MakeVillageは、安心して摩擦を起こせる場でありたいと思っています。入口では、何も押しつけない。中では、遠慮なく交じり合う。そしてMakeVillage自身も、殻に閉じこもらず、地域と、他の組織と、外の世界と触れ合い、こすれ合いながら、自分を変え続ける存在でありたいのです。
五
仕事を創る、二本の道
では、MakeVillageで何をするのか。「自分の仕事を創る」には、二本の道があります。MakeVillageはこの二本を、稼ぐ活動の柱にします。
一本目——ゼロから作る道
ネット販売(EC)から始めます。データで商品を選び、仕入れて、売って、記録する。この一周を自分の手で回した経験が、どこでも使える「稼ぐ力」の土台になります。何を売るかは勘では決めません。リサーチのしくみが候補を出し、参加者が選び、決められた基準で評価し、一人一票で決める。稼ぐことを、実地で学ぶ道です。
二本目——受け継いで、作り直す道
いま日本中で、続いてきた事業や店や技が、担い手がいないという理由だけで消えようとしています。物価高と高齢化の中で、黒字のまま畳まれる店も少なくありません。MakeVillageは、この「広い意味での事業承継」——事業の承継、知恵の承継、技術の承継——を、もう一本の柱にします。
これは、古いものをそのまま残す保存運動ではありません。受け継ぐとは、続いてきたものの中に、自分という新しいものを注ぎ込むことです。看板は同じでも、注がれるものが変われば、それはもう半分、あなたの作品です。譲る人には、積み上げてきたものが途絶えない安心を。受け継ぐ人には——若い人にも、女性にも、キャリアが一度途切れた人にも——ゼロから信用を築き直す必要のない、開かれた入口を。そして受け継いだその日から、あなたはこの世の中に貢献する当事者になります。
受け継ぎは、全部でなくてかまいません。味噌づくりの技を、暮らしの一部として教わることも承継です。週に数時間だけ店を手伝うことも承継です。全存在を賭ける必要はありません。結がそうだったように、貸せる分だけ、手を貸せばいい。
結び
MakeVillageを始めることの意義
MakeVillageを始める意義は、新しいことを発明することではありません。人々が何百年も続けてきた生き延び方——小さく稼ぐ、受け継ぐ、交わる——を、いまの道具で、もう一度この土地で組み直すことです。AIも、インターネットも、労働者協同組合法も、そのための道具にすぎません。
北海道は、そもそも協同なしには冬を越せなかった土地です。この土地で村を作り直すことに、私たちは必然を感じています。
先が見えない時代であることは、変えられません。けれど、先の見えない時代を人がどう生きてきたかは、もう分かっています。
まず来て、見て、一つだけやってみてください。
歴史は、いつもそこから動いてきました。
2026年7月 MakeVillage